ジェンダーフリーって難しいな

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昨日のニュースで某オリンピック担当者が、会議に女性がいると長引くから発言時間の制限を!と発言した件が報じられていた。

最近の風潮では「女性が〜」と性別で論じることに厳しい。逆の「男性が〜」よりも厳しいと感じる。過去の日本や世界の社会において女性が主導権を握らず、男性を支える立場だと言う価値観があって、今の現代社会はまさにそこからの脱却をしている道のりの途中だからだと思う。

某オリンピック担当者も全てが悪意ではないと思う。残念ながらジェンダーフリーで実現される社会は現在その半分以上は男性で構成されているため、どうすれば女性が入れるようになるんだ?と考えた結果、「リケジョ」や「女性採用の拡大」といった本来のジェンダーフリーとは似つかないキャッチフレーズが先走ってしまう。真意はわからないけれど配慮の結果かもしれない。

結局のところ男性社会に女性を入れてあげることをジェンダーフリーな社会とする考えがこの結果を招いている。性別問わず、フラットに新しく作っていくのが真のジェンダーフリーな社会だと思う。

性別で全く違いがないということはなく、どうしても男性の方が力仕事に向いているし、脳の働きを見ても科学的に言語能力は女性、立体認知は男性が優れている。視覚は男性のほうが視野が狭く動体視力が良い、女性のほうが視野が広く色覚が発達してると言われている。これを性別の違いだと意識しすぎないで、それぞれが得意な部分で活躍できる社会になってほしい。

みんながやりたいことをやればいいんじゃない?

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